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rosso e nero戸川流

117クーペを媒介としたお交わりを軸に全方位にむけたダイバーシテイブログです。

2020-09
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「仁風閣」(本日のドルチェはおやすみです)

本日のドルチェはお店が16日まで夏季休暇のためお休みします。

tt3
重要文化財「仁風閣」前にて、左から戸川号、NMD号、I上号 写真をクリックすると大きくなります。

この建物は、明治40年5月、時の皇太子殿下(のちの大正天皇)の山陰行啓に際し、ご宿舎として、もと鳥取藩主池田仲博公爵によって、扇御殿跡に建てられた。
設計は明治建築最高の傑作である赤坂離宮の設計者として有名な宮廷建築家片山東熊博士によるものと伝えられ、工部大学校での片山東熊の後輩にあたる鳥取市出身の建築家橋本平蔵が補佐し、地元の工匠浜田芳藏が施工にあたったものであり、フレンチルネッサンス様式を基調とする木造二階建の本格的洋風建築で、中国地方屈指の明治建築として著名である。
この建物は、明治40年5月、時の皇太子殿下(のちの大正天皇)の山陰行啓に際し、ご宿舎として、もと鳥取藩主池田仲博公爵によって、扇御殿跡に建てられた。
設計は明治建築最高の傑作である赤坂離宮の設計者として有名な宮廷建築家片山東熊博士によるものと伝えられ、工部大学校での片山東熊の後輩にあたる鳥取市出身の建築家橋本平蔵が補佐し、地元の工匠浜田芳藏が施工にあたったものであり、フレンチルネッサンス様式を基調とする木造二階建の本格的洋風建築で、中国地方屈指の明治建築として著名である。
「仁風閣」の名は、行啓に随行した東郷平八郎元帥によって命名されたもので、その直筆の額は二階ホールに現在も掲げられている。(説明板より抜粋)
「仁風閣」の説明はぶらり重兵衛氏の歴史探訪3に詳しいのでそちらを参照させていただこう。
当日(7月23日)はガードマンがふたりお堀端で警備に当たっていた。NMD号とI上号と記念撮影しようとガードマンに掛け合った。「えー、仁風閣前でクラシックカーの撮影をしたいんですが。」即OK。で撮ったのがこの写真。この後仁風閣自慢の庭園でオトコ三人でブランケットパーテイ。I上さんは奥様がおつくりになったスペアリブとデザート、NMDさんはフルーツとデザートをお持ちくださった。私は言わずもがなのイスズベーカリー謹製ハード山食でのオープンサンド。たまたま館長が母親の知人のご主人ということもありT沢さんから送っていただいたさくらんぼのおすそ分けをした。
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