rosso e nero戸川流

117クーペを媒介としたお交わりを軸に全方位にむけたダイバーシテイブログです。

2017-08
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GARO

中学二年生のときに聞いたGAROの「学生街の喫茶店」。好きだった。シングルジャケットのデザイン構成は今でも覚えている。
大人になった戸川流はカラオケで「君の誕生日」をよく唄う。

GAROの音楽性について興味深い記事を大内義昭プロデューサーが寄せてあったのでここに紹介する。

時代の先端を走るサウンドを大衆は必ずしも求めてはいない・・・。
そのことを証明した3人のグループがいた。その名は「GARO」。

1970年代初頭それまでの日本にはない洗練されたハーモニーとギターワークを奏でる「GARO」というグループが現れました。彼らは、ヒッピーのスタイルやその精神をファッションといても表現し、音楽的なクオリテイーも他のアーテイストとは一線を画していました。彼らの音楽性や精神性に大いに影響を与えたのがC.S.N.Yというアメリカのロックグループでした。

1969年の8月15日から3日間、アメリカ合衆国ニューヨーク州サリバン郡ベゼルで30組のロックアーテイストたちを中心とした大規模な野外コンサートが開かれました。そのコンサートはウッドストックと呼ばれ、会場には平和と愛を歌に求め51万人近くが集いました。
そのとき出演したアーティストと来場者の多くは、ヒッピーと呼ばれ共通の文化を構成し共有していました。彼らは伝統的な価値観や差別などの思想に縛られないことを身上とし、自然と愛と平和と芸術と自由を愛していました。
出演者の中には、後世にまで影響を与えているボブデュランやザバンドそしてジョニミッチェルなどがいました。その中でも聴衆の度肝を抜く独特の色を持つC.S.N.Yは緊張感のあるコーラスと通常の音階を変えたチューニングしたオープニングチューニングと呼ばれるギターのアンサンブルを基本としていました。本来心地よいとされるドミソの和音に、あえてシやレを加え、ともすれば不協和音に感じるよな音の構成でハーモニーを奏でていたのです。

また、奏法もまるで三味線を弾くかのようにギターの弦をたたきつけ音を出す独特のもので力強くまた繊細な響き表現していました。
ウッドストックが巻き起こした平和や自由に対する問いかけは、音楽を通して大衆の心理を代弁し社会現象にまで発展しました。「GARO」も本来そのようなメッセージ姓を持ったアーティストのひとつでしたが、彼らがスターダムにのし上がるために取った手法は、アメリカ社会と日本の区別を明確にし、洋楽的な要素や時代に対するメッセージを全面には押し出さず、目路デイには合えた日本人の好む切なく哀愁のある旋律を起用したことでした。それがヒット曲を生んだ最大の要因だったのです。

しかしヒットした「GARO」のシングル曲以外の楽曲の中の多くには、彼らが心に絶え間なく灯し続け慕った、CSNYのサウンドとウッドストックの熱い魂が刻み込まれています。

コメント

この記事へのコメント

sugimechaブルブル!マジやばい?なんちゃって(^^;さん、

ブルブル!マジやばい?なんちゃって(^^;

千葉96XG山本さん、

あれははエポックメーキングなイベントでしたね。

ブルブル!マジやばい?なんちゃって(^^;

小4くらいの時、自室にGAROのポスター貼ってました。
意外におませさんだったのよん。(キモ)

時は流れーたー  ですね。
ウッドストックはビデオで触り程度観ましたが観客が海原の様で凄い映像でした、私はジミヘンが好きです。
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