rosso e nero戸川流

117クーペを媒介としたお交わりを軸に全方位にむけたダイバーシテイブログです。

2017-08
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青山孝(孝史)さん

,青山さんと知り合ったのは今から10年ちょっと前。中野の南詰めに住んでいたころだった。私も含め皆、青山さんのことを「専務」と呼んでいる。青山さんは私のことを「赤井ちゃん」と呼ぶ。(私が赤井秀和に酷似ているからというのがその理由。)
家柄がお医者系の青山さんだったのでデビューしても医者になるんだと思ってたと。デビュー前見学にいったステージで例の「ユー、出ちゃいなよ」で初ステージを踏んだとのこと。
P1000062aoyama.jpg

初めて出会ったのはバレンタインデーの日。幡ヶ谷にゆかりのある青山さんはよく中野弥生町周辺のお店群を愛していた。小学校で見たステージ衣装の早替わりについて伺うと、ジャニさんのアイデアだという。それは歌舞伎の早替わりに使われているしつけ糸作戦だったのである。糸を抜くとはらりと衣装が舞い落ちるのである。さすがジャニさんの感性ではある。当時のフォーリーブスの人気は半端なものではなく、今で言うSMAPとTOKIOと嵐を足して何も割らないといっても言い過ぎではないだろう。その忙しい中、なんとか流星群を彼女と見に行ったとかそのほか書けないこともたくさん教えてもらった。

そうしているうちにユニット再結成を画策され、ある日青山さんと話しているときに「今日、打ち合わせここでやろうかな」といって目の前で元メンバーに電話し1時間後には打ち合わせが始まったのだ。
私は再結成の話し合いに立ち会った(うそ、たまたまそこにいただけ)のである。

誠実な人でスターというよりも人間として皆から愛されていた。

亡くなったことは知らず、弥生町の話になって青山さんの話をしたら、「今日亡くなったよ」と言われ
なかなかその死を理解できなかった。

コメント

この記事へのコメント

素顔

ター坊をこよなく愛する者なので、素顔が垣間見れて、うれしいです。お酒が強かったこと、亡くなってから知りました。仲間を大事にするター坊、もっと自分自身をいたわってほしかったです。

kanicanさん、

彼らの再デビューはずいぶんおば様たちの心をわしづかみしたようですね。

再デビューに引っ掛けて、錦3丁目の小鹿みきのお店のショーでも若い男の子たちがショーで「ブルドッグ」やってました。

ター坊と知り合いだったのですね!
5歳上の姉がター坊の大ファンでして、私は小学生の頃からフォーリーブスのレコードを聴いて育ちました。
近年のコンサートも姉は精力的に出かけていました。
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